常に目的を考えよう

何をするときも目的を考えて行動しよう。・・・っていうか、当たり前のことを言っているだけだが。
相手の発言の根拠が理解できないとき「なぜ?」と尋ねるのは当たり前のことだと思って、これまで数十年間生きてきた。しかし、

  • 根拠が不明確なまま物事を断定的に述べる人がいる
  • 「なぜ?」という言葉を決して使わない人がいる

という事実があることもだんだん分かってきた。このような人は、子供の頃からの習慣として「常に目的を考える」ということが身についていないのだろうと想像される。そうとしか思えない・・・と表現するのが正しいかもしれない。

このような人たちに共通する特徴の一つが、「しばしば怒る」ということだ。正義感を背景に怒っているのではなく、他人とのやりとりの中で自分の主張が受け入れられないことに憤慨して相手を罵る・・・というのが典型的なパターンである。このような人は、自分の身を守るために相手を威嚇しているのだと想像される。

仕事をする場面では、相手の立場との関係もあって、問題がさらに複雑化することがある。上記のような人が仕事上の「顧客」として自分に向き合うとしたら、逃げ出したくなるほどの苦痛だ。そのような仕事は避ければ良いのだが、「業務内容」ではなく「相手方の担当者」で仕事を選ぶのは容易でなく、実際にそのような判断をしたケースはほとんどない。

英語には「ディベート」という言葉がある。いろいろな考え方があるテーマに関して討論することを意味しているが、自分と異なった考え方の存在を端から否定していては、ディベートが成り立つはずがない。原発反対と原発賛成の議論が毎回かみ合わないのも同じ構図に思える。

常に目的を考える習慣がある人同士ならば、どのようなテーマでもディベートが成り立つ気がする。「最初に結論ありき」で判断根拠を説明できないような人が相手だと、いつまで話し合っても議論がかみ合わないだろう。

 

 

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